Ⅰ 構造と機能 1.生体の基本構造と機能 A.細胞の構造と機能 c.細胞小器官
関連分野:組織学,生化学,薬理学
一部の頻出する文献については以下の略称を用います.
[CELL 2017]:ALBERTSJOHNSON,LEWIS,MORGAN,RAFF,ROBERTS,WALTER. 細胞の分子生物学. 第6版. 翻訳者: 中村桂子,松原謙一. ニュートンプレス, 2017.
[コア解組発 2012]:日本獣医解剖学会. 獣医学教育モデル・コア・カリキュラム準拠 獣医解剖・組織・発生学. 初版. 学窓社, 2012.
[獣組織 2017]:—. 獣医組織学. 第7版. 学窓社, 2017.
Contents
小胞体とは
小胞体とは,膜によって囲まれた腔所が互いに連絡した構造である( [標準組織学 総論 2002] p.47).
小胞体は粗面小胞体と滑面小胞体に大別される
小胞体はリボソームが付着していない滑面小胞体(sER:smooth endoplasmic reticulum),付着している粗面小胞体(rER:rough endoplasmic reticulum)に分けられます( [コア解組発 2012] pp.278-279).
下図1からも分かる通り,小胞体膜は外核膜と連続する構造です.ある意味では小胞体は核膜の延長とも言えるでしょう.
小胞体の機能として主なものは,①蛋白合成,②脂質合成,③合成蛋白質の修飾 です.

粗面小胞体は蛋白質の輸送及び品質管理センターである
粗面小胞体は核膜槽から直接的に連続する部分です.
この部分の小胞体に結合したリボソームから分泌蛋白質や膜を構成する蛋白質が産生され,それが小胞体膜を貫通して小胞体槽へと入ります( [コア解組発 2012] p.279).
この蛋白質はシグナルペプチドをシグナルペプチダーゼに切り落とされたりなど様々な修飾を受けます( [CELL 2017] pp.672-673).
その後,蛋白質は小胞に詰め込まれて,ゴルジ装置へと輸送されます( [Ross組織学 2010] pp.48-49).
この小胞はCOPと呼ばれる蛋白質のうち,COP-Ⅱが外側を覆うように結合しています.
よって,この小胞を特にCOP-Ⅱ被覆小胞といいます.COP-Ⅱが結合することによって,まるで小胞体がちぎり取られるかのようにくびれていく機構が作動し,小胞が形成されます.
形成された小胞からCOP-Ⅱは速やかに脱離します.これはゴルジ体と小胞の結合を阻害しないためにです( [Ross組織学 2010] pp.49-50).
粗面小胞体で合成される蛋白質は分泌蛋白質と膜を構成する蛋白質です.
ですから,粗面小胞体が発達しているのは,①分泌活性の高い細胞(ex 腺細胞),②細胞膜蛋白質を多量に合成する必要のある細胞(ex 神経細胞)です( [Ross組織学 2010] p.47).
腺細胞にはエルガストプラズム1,神経細胞にはニッスル小体2と呼ばれる粗面小胞体の塊があります.
これらは共に好塩基性です.これは,RNAが大量に蓄積されているが故です.
リボソームはrRNAと蛋白質から構成されていますから,リボソームを多量に含んでいる粗面小胞体にはRNAが大量に存在すると言えます( [Ross組織学 2010] p.51).
神経細胞は長い軸索を持っています.長い軸索を作るためには膜構成蛋白質が必要です.
しかし,軸索部分では蛋白質合成は行われず(=リボソームが存在せず),神経細胞に存在する蛋白質合成は細胞体でしか行われません.
よって,神経細胞体では蛋白質高需要(及び他の場所では合成できないという意味での蛋白質低供給)を補うために盛んな蛋白質合成が行われます( [渡辺雅彦 2013]).
特に必要となる蛋白質は①一部の神経伝達物質(ニューロペプチド),②軸索を含めた細胞膜構成蛋白質です.
これらはどちらも粗面小胞体で作られますから,必然的に神経細胞体には粗面小胞体が発達することとなります( [Ross組織学 2010] p.47, [NEW薬理学 2011] pp.147-148).
なお,ニッスル小体には遊離型リボソームも含まれています( [Ross組織学 2010] p.51).
粗面小胞体はまた,分泌蛋白質と膜構成蛋白質以外にも,一部の細胞小器官が使う蛋白質産生をも担っています.
例えば,ライソゾームのもつ酵素のほとんどは粗面小胞体由来です( [CELL 2017] p.725).これは①そもそもライソゾームはゴルジ装置から出芽する小胞が形成に関与すること( [Ross組織学 2010] p.41),②ライソゾーム膜蛋白質は自らの消化酵素によって分解されることを防ぐために大量の糖が付加されている必要があること( [CELL 2017] pp.722-723) の2つが原因ではないかと思われます.
粗面小胞体はまた,分泌蛋白質と膜構成蛋白質以外にも,一部の細胞小器官が使う蛋白質産生をも担っています.
例えば,ライソゾームのもつ酵素のほとんどは粗面小胞体由来です( [CELL 2017] p.725).これは①そもそもライソゾームはゴルジ装置から出芽する小胞が形成に関与すること( [Ross組織学 2010] p.41),②ライソゾーム膜蛋白質は自らの消化酵素によって分解されることを防ぐために大量の糖が付加されている必要があること( [CELL 2017] pp.722-723) の2つが原因ではないかと思われます.
合成蛋白質の修飾としてはアスパラギン残基の-NH2基に糖鎖が付加されるものが最も一般的です.この糖鎖をN-結合型オリゴ糖と言います.
この糖鎖付加の過程は多くの糖蛋白質が通るものです.この糖鎖によってその蛋白質がどこに輸送されるべきかということや,どのように立体的に折り畳まれるべきかなどの情報が示されているとされています( [Susan H. Shakin-Eshleman 1996]).
しかし,糖鎖の多様性が高い3ということから,この分野の研究は非常に不足しています.
どの用途の蛋白質であろうと,粗面小胞体では蛋白質に対して様々な修飾が加えられて,ゴルジ装置に運搬されます.
修飾が終わらなければ蛋白質は小胞体を出ることすら叶いません.小胞体は蛋白質の品質管理センターとも言えるわけですねー( [Ross組織学 2010] p.48).
滑面小胞体は細胞によってかなり特殊化されている
滑面小胞体はリボソームの付着していない小胞体で,上図1のようにどちらかというと管状に近い構造をしています.
リボソームが存在していないため,rRNAがほとんどなく,HE染色では好酸性に染まります( [Ross組織学 2010] p.51).
粗面小胞体より更に核から遠位の方へと進むと滑面小胞体が現れます.
滑面小胞体は粗面小胞体から連続することもありますが,分離して単一で存在することもあります( [Ross組織学 2010] p.51).
滑面小胞体は一般的にはリン脂質合成を担いますが,細胞の種類によって様々な機能を併せ持ちます.
代表的な役割としては,①ステロイドホルモン合成,②解毒,③細胞質内イオン濃度の調節 があげられます( [コア解組発 2012] p.279).
ステロイドホルモン合成細胞では滑面小胞体はその合成に関与します.故に,この種の細胞では滑面小胞体が極めてよく発達します( [獣組織 2017] p.6).
ミトコンドリアの記事でも述べましたが,ステロイドホルモンの合成はコレステロールがミトコンドリア内膜のP450sccによってプレグネノロンに変換されるところから始まります.
プレグネノロンは滑面小胞体に移行して,種々の酵素による反応を受けた後,ミトコンドリアへと差し戻しされます.
その後,最終的には細胞外へと分泌されます( [生理学テキスト 2017] pp.410-414).何故この様な面倒な方法を採用しているのかは不明です.
「小胞体もミトコンドリアもたまたま同じ機能をもっていたが,ミトコンドリアが共生してから徐々にステロイドホルモン産生機能を分担するようになった」という説明は明らかな誤謬を含んでいます.
ホルモンとは細胞間情報伝達物質の1つですから,そもそも単細胞の段階では必要ないはずです.更に言えば,分担することによる利点もよく分かりません.
解毒を行う細胞といえば肝細胞です.肝臓の解毒は滑面小胞体に存在するシトクロムP450などによります.
肝細胞中の滑面小胞体量は何らかの薬や毒を投与すると著しく増加します( [標準組織学 総論 2002] p.49).これは滑面小胞体で解毒が行われていることを強く示唆していると言えるでしょう.
なぜ,滑面小胞体が解毒を担う必要があるのか? これは小胞体で解毒すれば,その解毒産物をすぐに小胞に積めて吐き出せるからではないかと思われます.
滑面小胞体が細胞質内イオン濃度調節を行っている細胞としては,胃底腺壁細胞,骨格筋細胞,心筋細胞が挙げられます.
胃底腺壁細胞に於いて,滑面小胞体は小管小胞系と呼ばれる特殊な構造をとります.
壁細胞はHClを分泌する細胞です( [標準組織学 各論 1992]pp.118-119).このHClは細胞内分泌細管の内腔で作られます( [Ross組織学 2010] pp.528-530).
小管小胞系の詳しい働きは未だ不明ですが,HCl分泌が激しい時には細胞内分泌細管及びその表面の微絨毛が増加するのに対して小管小胞系が減少します.
逆にHCl分泌の休止時期には細胞内分泌細管及び表面の微絨毛は退縮しますが小管小胞系が増加します( [標準組織学 各論 1992] p.119).
このことから,壁細胞の小管小胞系は細胞内分泌細管と微絨毛の材料となっているのではないかと筆者は予想しています.
骨格筋細胞及び心筋細胞に存在する滑面小胞体は筋小胞体と呼ばれます.この筋小胞体はCa2+を貯蔵します.
筋収縮にはCa2+が必須ですから,収縮の際にはこの筋小胞体からCa2+が筋細胞質内に放出されます.Ca2+は筋小胞体の特に終末槽と呼ばれる部位に貯蔵されています.
骨格筋細胞の筋小胞体は著しい発達をみせますが,心筋細胞のものは比較的未発達です( [Ross組織学 2010] pp.290-300).心筋のものが未発達な理由としては,骨格筋は自由自在に力を変えられる必要があるが,心筋は同じ程度の力で生涯収縮しつづける必要があるためではないかと思われます.
すなわち,骨格筋の場合は必要とされる筋収縮の程度に幅があるため,Ca2+需要が場合によって変化し,これ故に,多くのCa2+を貯蔵しておく必要があったのではないかと思われます.
なお,筋小胞体からのCa2+放出方法はかなり特殊なので記事を改めます.しかし,筋小胞体を含む全ての小胞体にはイノシトール三リン酸(IP3:Inositol trisphosphate)が作用することによってCa2+を放出します.筋小胞体はこれに加えてリアノジン受容体というものが関わるCa2+放出方法があり,こちらの方がメインです( [NEW薬理学 2011] pp.63-64).
終わりに
以上が小胞体の概論です.以下に演習と国試の関連問題を載せておきます.少なくとも国試から言えるのはどちらかというと滑面小胞体の役割が重要というところでしょう.かなり特殊な役割が多いですし.中でもステロイドに関する話題は必修ということでしょうね.
演習:小胞体を形態によって2つに分け,それぞれ役割とそれに対応する特徴的な構造名を説明せよ
実践問題問題文をクリックすると答えが表示されます。
第64回獣医師国家試験 学説試験A
問25:小胞体に直接作用してCa2+を放出する細胞内情報伝達分子は①サイクリックAMP(cAMP),②プロテインキナーゼC,③ジアシルグリセロール,④ホスホリパーゼC,⑤イノシトール1,4,5-三リン酸 のどれか
第65回獣医師国家試験 学説試験A
問12:ステロイド産生細胞の特徴として,正しいものはどれか. ①粗面小胞体が発達する②滑面小胞体と脂肪的が発達する第69回獣医師国家試験 必須問題
問21:ステロイドホルモンが合成される主な細胞小器官は①リソソーム,②リボソーム,③ゴルジ複合体,④粗面小胞体,⑤滑面小胞体 のどれか更新履歴
初版:2019/02/27
出典
参照文献
- ALBERTSJOHNSON,LEWIS,MORGAN,RAFF,ROBERTS,WALTER. 細胞の分子生物学. 第6版. 翻訳者: 中村桂子,松原謙一. ニュートンプレス, 2017.
- PawlinaH. Ross,WojciechMichael. Ross組織学. 原書第5版. 翻訳者: 内山安男,相磯貞和. 南江堂, 2010.
- Susan H. Shakin-Eshleman武史, 古川 清佐藤. N型グリコシル化の制御. FCCA(Forum: Carbohydrates Coming of Age), 1996, Trends in Glycoscience and Glycotechnology 第8巻 40号 pp.115-130.
- 黒住一昌. 小胞体の話 Part 1. 粗面小胞体の研究史をめぐって. 公益社団法人 日本顕微鏡学会, 1988, 電子顕微鏡 第23巻 1号 pp.60-66.
- 大地陸男. 生理学テキスト. 第8版. 文光堂, 2017.
- 田中千賀子,加藤隆一. NEW薬理学. 第6版. 南江堂, 2011.
- 渡辺雅彦. ニッスル染色. 2013年10月16日. https://bsd.neuroinf.jp/wiki/%E3%83%8B%E3%83%83%E3%82%B9%E3%83%AB%E6%9F%93%E8%89%B2 [アクセス日: 2019年2月27日].
- 藤田尚男,藤田恒夫. 標準組織学 各論. 第3版. 医学書院, 1992.
- —. 標準組織学 総論. 第4版. 医学書院, 2002.
- 日本獣医解剖学会. 獣医学教育モデル・コア・カリキュラム準拠 獣医解剖・組織・発生学. 初版. 学窓社, 2012.
- —. 獣医組織学. 第7版. 学窓社, 2017.
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Endoplasmic reticulum by DBCLS TogoTV [CC BY 4.0]
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